靖国神社 東条英機を神さまとしてお祀りするとは何事か
第二次大戦後、連合国によって行なわれた軍事裁判は、勝者による一方的な裁判であることは間違いない。
勝者側の戦争犯罪はすべて不問にして、敗者側のみを一方的に裁いたものであったからである。
特に、BC級戦犯として処罰された者には、いいかげんな、ひどい裁判による、まさに「殉難者」と呼ぶべき人々が多数いた。
敗戦国日本は、不当な裁判と知りながら、当時、やむなくこれを受け入れたのである。
戦犯とは、勝者たる連合国がいう戦犯であって、われわれ日本人が裁いた戦犯ではないのである。
したがって、戦犯として死刑に処せられたからといって、その者を神さまとしてお祀りしてはいけないことは、決してない。むしろ、真に「殉難者」と呼ぶべき人は、誰が何と言おうと、神さまとしてお祀りせねばならない。当然のことである。
しかしながら、靖国神社が神さまとしてお祀りしている者の中には、とんでもない者がいる。
その一人が、東条英機である。
勝ち目のない、無謀な戦争を起した張本人、兵隊には玉砕を命じておきながら、自らはおめおめと敵に捕らえられたぶざまな男。
そんな人物を神さまとして祀っているとは何事か。私は、絶対に許せない。
関連記事:「東条英機の戦争責任は明白かつ重大である」 (06.7.27)
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コメント
はじめまして.
東条英機に関しては,独裁宰相として批判されるべき事例は多々ありますが,
戦争に関しては,彼は開戦反対派であったという説も非常に強いようですよ?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%9D%A1%E8%8B%B1%E6%A9%9F
投稿: pk | 2006年7月21日 (金) 20時56分
東条英機を弁護する人、中には賞賛する者までいます。彼らは間違っています。
調べれば調べるほど、私の東条英機に対する憎しみ、軽蔑の念は、増すばかりです。
投稿: 野分権六 | 2006年7月23日 (日) 05時24分