東条英機の戦争責任は明白かつ重大である
戦争責任とは、敵国に対するものではない。日本、日本国民に対するものである。
昭和16年12月、日本は米国・英国に宣戦した。この時の首相が東条英機である。
勝ち目のない、無謀な戦争であった。
東条は、昭和天皇に奏して、あくまで開戦を阻止すべきであった。それをしなかったために、何百万人もの日本国民が死に、何千万人もの人々が悲惨な目にあうことになったのである。
たとえ相手にどんなに非があろうとも、こちらがいかに正しかろうと、勝てる見込みがないことがはっきりしている戦いをすべきでないことは明白である。
昭和天皇の終戦の詔勅にあるように、「我が民族の滅亡を招来する」からである。
誤った開戦の責任は、時の最高権力者たる東条が負わねばならぬ。
さらに、東条は、昭和19年7月に辞任するまで、長期にわたり、首相として、数々の要職を兼務し、憲兵隊・特高警察等を使って反対する人々を弾圧するなどして、強権的、独裁的な政治を行った。
東条の戦争指揮は、拙劣をきわめた。
自身は安全な場所でぬくぬくとしながら、前線の兵士には過酷な作戦を強要し、あげくに玉砕を命じた。
敗戦が決まったとき、東条は、明確に国民に謝罪した上で、自決すべきであった。
機会も方法もいくらでもあった。しかし、しなかった。
東条は、戦勝国によって裁かれるのではなく、日本、我々日本人が裁くべきだった。
東条の他にも、日本が裁くべき戦争指導者は大勢いた。
それを無罪放免にしたのは、戦後日本の大きな間違いであった。
いさぎよく自決した者は許してもやろう。しかし、国民に謝罪もせず、自決もしなかった者は、決して許さない。
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コメント
これはA級戦犯全員に言えますが、彼らの戦争指揮は、
ある種マス掻きみたいなものだったと思います。
国民には圧倒的物量を誇る相手との戦いで窮乏を強い、
戦果よりもこちら側が犠牲を重ねることを重視しながら、
それを「大和魂の神髄」の如く呼ばわって陶酔していた
のですから。ある種の精神病だったともいえますが。
そんな人たちのせいで犬死にさせられた、多くの戦没者
たちの無念を思うと、A級戦犯詣でしながら、アメリカで
恥をさらす首相の気が知れません。彼も病気なのでしょう。
投稿: 占い師の滋夢童 | 2006年8月 3日 (木) 05時59分
うむ・・・開戦の責任云々は理解できますが、歴史とは点で評価すべきものなんでしょうかね?
ならば、もし戦争に勝っていたら、彼らはどんな国民を犠牲にしても英雄になるのでしょうか?
投稿: akinopapa | 2006年8月28日 (月) 23時41分