2010年9月22日 (水)

大阪地検特捜部主任検事逮捕

昨夜、大阪地検特捜部の前田恒彦主任検事が証拠隠滅の容疑で逮捕された。
厚労省の村木厚子前局長を罪に陥れるために証拠を改ざんしていたことが露見したためである。すでに、今年2月、検察内部ではこの件は問題になっていた。にもかかわらず、大阪地検上層部はこれを隠蔽した。
彼らは、さすがにこの改ざんされたフロッピーディスクを証拠として利用することはしなかったようだが、実におそろしい連中である。

警察や検察に強力な捜査権限を与えて、家宅捜索、逮捕、勾留などを行うことを許しているのは、悪事を働くもの、特に暴力をふるうものを糾弾して善良な国民を保護するためである。

それを忘れて、強いものにおもね、へつらい、弱いものをいじめ、おどす、さらには証拠を改ざんして無実の者に罪をかぶせようとする、そんな警察官、検察官は国家・国民の敵である。

この前田という検事と、その悪事を知りながら隠そうとした上司の検事たちは、独立した特別の組織によって徹底的に取り調べて厳罰に処さねばならない。

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2009年11月25日 (水)

5ヶ月以上も勾留するとはひどすぎる

11月24日、厚労省の村木厚子前局長が、やっと保釈された。
6月14日に逮捕されてから、5ヶ月を越える長期の勾留であった。
既に7月4日に虚偽有印公文書作成・同行使の罪で起訴済みであり、起訴後にすぐ保釈すべきであった。大阪地検・地裁のやったことは無茶苦茶。ひどいものだ。

大阪地検の一連の捜査は終了したはずである。今さら証拠隠滅のおそれなどあるはずがない。まして、逃亡・自殺のおそれなど、まったくない。

日本の警察・検察は、自分たちの考えを否定する容疑者に対しては極端に厳しい。
素直に白状すれば許してやる、さもなくばあらゆる手段を使ってでも容疑者をいじめ、痛めつける。そういう傾向が伝統的にある。
なお悪いことに、それを裁判所が抑えようとしない。検察の意のままに動く。

こんなことを許していたら、お上に従わない者は裁判なしで長期間牢屋にぶちこまれる、という暗黒の時代に逆戻りすることになる。

もうひとつ、日本の警察・検察について付け加えておくことがある。
それは、弱い個人には強引に、徹底して家宅捜索やら逮捕、長期勾留をするのに、強い組織に対しては極めて弱腰、臆病で、こび、へつらうことすらある。

弱い個人からは反撃されることも報復されることもなく、安心で楽だからであり、強い組織、集団からは強烈な反撃、報復をくらうおそれがあって、身の危険があるからである。

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2007年5月19日 (土)

暴力を甘やかし、へつらう警察上層部の首を切れ

愛知県長久手町の発砲立てこもり事件への警察の対応に、強い怒りを覚える。

もともと、警察には、弱い者には徹底して強くあたり、強い者には媚び、へつらう、という傾向があるけれども、これほどひどいとは思わなかった。

拳銃を持って、すでに発砲し、二人にケガをさせた暴力団の男に、言われるままに土下座したり、撃たれた本人に油断、過失があったにせよ、身内の警察官ではないか、それを重傷を負って倒れているのがわかっていながら5時間も放置したり、優秀なSAT隊員が射殺されたのに、なお説得を続けたのには、あきれかえった。
仲間を殺されて口惜しくないのか。

なぜ、すぐに犯人を殺さないのか。人質がいたからというならまだわかる。しかし、人質が無事に逃げた後も、犯人を攻撃しようとしなかった。
罪のない者の命は粗末にして、重大な罪人の命は大切にあつかう。馬鹿げた話だ。

政府は、指揮に当たった警察上層部の責任を追及し、早急に、懲戒免職にすべきだ。

警察は、暴力をふるう者や集団に、極端に甘い。それどころか、おもね、へつらう。

これを改めない限り、警察は、国民から信頼されない。協力も受けられないだろう。

関連記事: 「鹿児島県警は何をしていたか」
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2007年2月24日 (土)

鹿児島県警は何をしていたか

鹿児島県議選での公選法違反(買収)事件の地裁判決を新聞で読んだ。

鹿児島県警はいったい何をしていたのか。
ケチな選挙違反容疑で、多大な時間と労力を費やして、しかも、あろうことか、それがでっち上げ事件だったとは。

そもそも、警察はこんなくだらない事件を取り上げるべきではないのだ。
もっと他に大事なことがあっただろうに。
たとえば、暴力事件の取り締まりだ。

弱い、しろうとの、一般市民を逮捕していじめ抜くのは、さぞ楽だろう。
だが、そんな根性の腐った警察官など要らない。
求められているのは、一般市民には手の負えない、暴力をふるう無法者に向かって敢然と立ち向かう警察官なのだ。
弱いものいじめとちがって、たいへんな、決して楽ではない、きつい仕事だと思う。
しかし、国民は、そのためにこそ警察官に権限を与えているのだ。

鹿児島地検も同罪である。
また、被告の長期勾留を認めた裁判所も同じである。
白状するまで保釈を認めない、などというのはとんでもない話である。

日本では、罪を認めて反省する犯罪者に対する処罰が極端に甘い代わりに、罪を認めない容疑者に対しては、極端に厳しい。
お上のやることに間違いはない、素直に従えば許してやる、という、おそろしく古い考え方からきているのだろう。
改めるべきである。

関連記事:「暴力を許すな」(2006.12.20)

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2006年12月20日 (水)

暴力を許すな

暴力から国民を守ることは、国家の重要な仕事である。国民が安心して暮らせるには、国家による保護が不可欠である。

今も、日本では、暴力が横行している。
そのため、国民は常に暴力におびえながら暮らしている。
真の言論の自由もない。

公務員、特に地方公務員は、個人や集団の暴力にさらされ、支配されている。
集団的な暴力には、まったくの無抵抗で、手も足も出ない、言われるまま、といった状態である。

なぜ、暴力に立ち向かわないのか。警察のバックアップが不十分だからだ。
暴力に抵抗してひどい目にあった例、警察が助けにならない例を、数多く見てきたからだ。

政府は、暴力を徹底して取り締まらねばならない。暴力を受けた人をとことん助け、守ってやらねばならない。
司法は、暴力には厳罰を課さねばならない。

何もためらうことはない。暴力をたたきつぶし、国民を安心させ、国民の信頼を得るには、強烈な国家権力の行使しか方法はないのだ。

関連記事:「死刑執行は法相の職務である」(06.1.21)
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     「消費税を上げる前にやるべきことがある 財政再建策その2」(06.9.13)
        「鹿児島県警は何をしていたか」(07.2.24)
            

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